Dark to Light
                                
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 「 海昊かいうさん!!」

次の日。俺と 轍生てつきは、朝一で海昊さんの家――― あおいさん家。に行った。
海昊さんは、いつもの穏やかな顔で笑っていた。
俺らに礼を言った。

 「あの後、すぐに帰ってきてな。全部、聞いた。」

滄さんも落ち着いた表情で言った。
如樹きさらぎさんと海昊さんは、コトの成り行きをケーサツにすべて話した。
全て自分の責任だ。と、譲らない、如樹さんを海昊さんは擁護した。
最近のBLUESブルースの悪行の数々をケーサツは、把握していた。らしい。
BLUESがBADバッドに嫌がらせをした。と、結論づけてくれたようだ。

厳重注意は受けたが、BADは、解散は免れた。と、きかされた。
どうやらケーサツに如樹さんの知り合いがいるとかいないとか。
海昊さんは曖昧に言っていたが、深くは訊かなかった。

天漓 青紫てんり せいむの事がある。単純には喜べなかったが、安堵した。
学校は、3日間の停学処分を言い渡された。
退学じゃないだけ、マシだ。と、親に言われた。
さすがに親に怒られた。
でも、俺のためにケーサツ何度も頭を下げる親を見て、申し訳ない。と、心から反省した。

数日後。

 「今夜、通夜だ。お前ら、どうする?」

滄さんは自分は行くつもりだが。と、前置き。俺らに尋ねた。
俺は、行ってもいいんスか。と、恐縮して聞くと、滄さんは頷いた。
少し、酷だけどな。と、加えた。

……。目を反らしちゃダメだと思った。
天漓 青紫は、斗尋とひろさんの彼女、白紫しさきさんの弟だった。
無理やり、BLUESの仲間にさせられたって聞いた。

弟を失った白紫さん。子供を失った親。
正直、会うのは辛い。責められるかもしれない。
でも、俺らの犠牲になった青紫。ちゃんと、ちゃんと心に留めておかなくてはいけない。
もしかしたら、青紫は、俺や轍生だったかもしれないんだ。
抗争の末の結果。過ちを犯した末の結果。

 「……ありがとう。」

国道134号線からほど近い、茅ヶ崎市のマンション。
白紫さんが、斗尋さんと迎え入れてくれた。
この二人。最近同棲したばかりで幸せいっぱいだったのに。胸が痛んだ。

 「氷雨ひさめ……。」

あさざさんが先に来ていて、滄さんに寄りかかった。
滄さんは、あさざさんの肩を抱いた。
こぢんまりとした部屋に親戚が詰め寄せていた。
学校の友人たちだろう。学生たちもたくさんいた。

坊さんが悲しいレクイエムを打ちならし。俺の胸に響いた。
両親だろう。遺影の青紫とよく似た顔。
でも、遺影の笑顔とは対照的な憔悴したそれ。
弔問客に恭しく頭を垂れ続けている。

 「……紊駕みたか。来てくれてね。深く、深く頭を下げていった。」

白紫さんが言った。
……。

 「……紊駕。もう、戻ってこないと思うんや。」

海昊さんが、寂しそうに呟いた。
焼香を終えて、帰り際。茅ヶ崎海岸に出た。
遠く左に江ノ島が見える。
風が強かった。黒い雲。動きが速い。
鋭く尖った三日月が姿を消した。

 「ワイ……紊駕の親父さんが院長やっとる病院に行ったんやけど、そこで、同じ年くらいの男女に会うたんよ。多分、紊駕の幼馴染やと思う。」

波の音を聞きながら、海に向かって海昊さんは言った。
滄さんと俺、轍生も視線を同じくした。

 「ものすご、自然ゆうかこっちまで温かくなるなるような関係性……初めて、紊駕のあんな顔みたわ。大切なんや、紊駕にとって。……あいつ、悩んどったんや、きっと。いっつも他人のことばっか考えて、いっつも自分のことは後回しなんよ。」

 「……そうだな。」

滄さんはうなづいた。
BADの中でも実年齢よりすごく大人っぽくて、いつも頼られて尊されていた如樹さん。
ケンカも強く、頭もよい。
いつのまにか、何かあったら如樹さんに頼れば大丈夫。的な不文律。

 「そんなあいつが、初めて自分に素直になったんやと思うんや。」

BADを辞める。最後まで如樹さんは言えなかった。のかもしれない。
BLUESが悪事を働いていることを如樹さんは、知っていた。
一人でBLUESに乗り込んだ。とも聞いた。そのとき、青紫を一度は助けたらしい。
そんな青紫を結果、死なせてしまった。BADの皆を止められなかった。
俺なんかよりものすごい後悔をしているのかもしれない。

その幼馴染に対しても、このままBADにいたら後悔するかもしれない。と、考えたのか。
だから、海昊さんとケンカ別れを選んだ。
自分が悪者になって身を引くことにしたんだ。

―――てめぇらに心配なんてしてもらいたかねぇ。俺は俺のやり方でやる。うだうだゆってんな!!
―――それは、仲間やないゆうことなんか。……信用してへん、ゆうことなんか。
―――そう思ってくれてもいい。

海昊さんが拳を握っていた。如樹さんを殴った右手。自責の念が伝わった。
如樹さんは本当に尊敬できる人だ。
皆―――BADに危害が及ばないように一人で立ち向かったんだ。
虞刺の前で跪いた。メンツをばっか考えてたあの当時の俺には絶対出来ない。
いまだって、おそらく。プライドが許さないだろう。

でも、誰よりもいち早く青紫を助けに向かい、ケーサツが来るのも承知で救急車を呼んだ。
そして、責任を全て取る。と、言った如樹さん。
保身なんて微塵もないのだ。

無口でクールで、時には冷淡にさえ思える。
でも、本当は誰よりも優しくて、他人のために自身を犠牲にさえする。

そして、そんな誤解されやすい如樹さんを海昊さんは一番理解している。
二人とも、本当に尊敬する。
俺は、如樹さんと海昊さんに出会えたことを誇りに思った。

 「ごめんね……。」

それから1週間ほど経った。
あさざさんが、疲れた顔で滄さん家にやってきた。
丁度、俺と轍生も海昊さんに会いに、来ていた。

 「どうだ、たきぎの様子。」

滄さんは、温かいコーヒーをあさざさんに振舞って、居間にあさざさんを促した。
薪―――流蓍なしき 薪。は、あさざさんの5つ下の弟だ。
そして、青紫の親友。ときいた。あの当日にも居たのだ。

あさざさんは、首を横に振った。

 「何も、食べてくれなくて……口も……」

そうか。と、滄さんは言って、荷が重すぎるよな。と、呟いた。
中1で、しかも目の前で親友が死んだ。
俺だったら……?
俺は、轍生と顔を見合わせた。轍生の太い眉が下がっている。
やはり、考えられない。きっと、耐えられないだろう。

 「ずっと布団かぶって……薪……」

あさざさんはたまらず手で顔を覆った。

 「薪は、生まれてすぐに両親亡くして、それから自分のことをよく思っていない、父方の祖父母と暮らしてたの。薪も悪さしてたけど、それ以上に祖父母から体罰を受けた。それでも薪は泣いたことがなくて……」

あさざさんは涙声だった。滄さんが優しく背中をさする。

 「いっぱい。いっぱい、身体に痣とかあって、でも薪は泣かなかった。泣いたことなんて、ないのよ。……でも、あの日、13日の朝。声も出さずに小さい体を震わせて、薪は、涙を流したの。」

……。
泣きわめくでもなく、心が悲鳴を上げた末の涙。
想像しただけで胸が痛い。本当に辛いのだ。そして、心が折れてしまったのだろう。
事実を受け入れられない気持ち。わかる気がした。

 「しっかりしろ。お前が滅入ってどうする。」

滄さんはあさざさんを鼓舞した。

 「うん……白紫もね、誰のせいでもないからって。自分だって辛いのに、笑顔でいうの。一番辛いのは、薪くんだから。って。私、中学の頃からずっと白紫に助けられてた。私姉弟、助けられてばかりなの。」

こんな弱々しいあさざさんを見るのは初めてだった。
いつも、さばさばしていて、かっこよくて。長身でスタイルもよい。
BADの姉さん的存在。
あさざさんは、人目をはばからず、声を出して、泣いた―――……。



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