
| 2 「 海昊さん!!」 次の日。俺と 轍生は、朝一で海昊さんの家――― 滄さん家。に行った。 海昊さんは、いつもの穏やかな顔で笑っていた。 俺らに礼を言った。 「あの後、すぐに帰ってきてな。全部、聞いた。」 滄さんも落ち着いた表情で言った。 如樹さんと海昊さんは、コトの成り行きをケーサツにすべて話した。 全て自分の責任だ。と、譲らない、如樹さんを海昊さんは擁護した。 最近のBLUESの悪行の数々をケーサツは、把握していた。らしい。 BLUESがBADに嫌がらせをした。と、結論づけてくれたようだ。 厳重注意は受けたが、BADは、解散は免れた。と、きかされた。 どうやらケーサツに如樹さんの知り合いがいるとかいないとか。 海昊さんは曖昧に言っていたが、深くは訊かなかった。 天漓 青紫の事がある。単純には喜べなかったが、安堵した。 学校は、3日間の停学処分を言い渡された。 退学じゃないだけ、マシだ。と、親に言われた。 さすがに親に怒られた。 でも、俺のためにケーサツ何度も頭を下げる親を見て、申し訳ない。と、心から反省した。 数日後。 「今夜、通夜だ。お前ら、どうする?」 滄さんは自分は行くつもりだが。と、前置き。俺らに尋ねた。 俺は、行ってもいいんスか。と、恐縮して聞くと、滄さんは頷いた。 少し、酷だけどな。と、加えた。 ……。目を反らしちゃダメだと思った。 天漓 青紫は、斗尋さんの彼女、白紫さんの弟だった。 無理やり、BLUESの仲間にさせられたって聞いた。 弟を失った白紫さん。子供を失った親。 正直、会うのは辛い。責められるかもしれない。 でも、俺らの犠牲になった青紫。ちゃんと、ちゃんと心に留めておかなくてはいけない。 もしかしたら、青紫は、俺や轍生だったかもしれないんだ。 抗争の末の結果。過ちを犯した末の結果。 「……ありがとう。」 国道134号線からほど近い、茅ヶ崎市のマンション。 白紫さんが、斗尋さんと迎え入れてくれた。 この二人。最近同棲したばかりで幸せいっぱいだったのに。胸が痛んだ。 「氷雨……。」 あさざさんが先に来ていて、滄さんに寄りかかった。 滄さんは、あさざさんの肩を抱いた。 こぢんまりとした部屋に親戚が詰め寄せていた。 学校の友人たちだろう。学生たちもたくさんいた。 坊さんが悲しいレクイエムを打ちならし。俺の胸に響いた。 両親だろう。遺影の青紫とよく似た顔。 でも、遺影の笑顔とは対照的な憔悴したそれ。 弔問客に恭しく頭を垂れ続けている。 「……紊駕。来てくれてね。深く、深く頭を下げていった。」 白紫さんが言った。 ……。 「……紊駕。もう、戻ってこないと思うんや。」 海昊さんが、寂しそうに呟いた。 焼香を終えて、帰り際。茅ヶ崎海岸に出た。 遠く左に江ノ島が見える。 風が強かった。黒い雲。動きが速い。 鋭く尖った三日月が姿を消した。 「ワイ……紊駕の親父さんが院長やっとる病院に行ったんやけど、そこで、同じ年くらいの男女に会うたんよ。多分、紊駕の幼馴染やと思う。」 波の音を聞きながら、海に向かって海昊さんは言った。 滄さんと俺、轍生も視線を同じくした。 「ものすご、自然ゆうかこっちまで温かくなるなるような関係性……初めて、紊駕のあんな顔みたわ。大切なんや、紊駕にとって。……あいつ、悩んどったんや、きっと。いっつも他人のことばっか考えて、いっつも自分のことは後回しなんよ。」 「……そうだな。」 滄さんはうなづいた。 BADの中でも実年齢よりすごく大人っぽくて、いつも頼られて尊されていた如樹さん。 ケンカも強く、頭もよい。 いつのまにか、何かあったら如樹さんに頼れば大丈夫。的な不文律。 「そんなあいつが、初めて自分に素直になったんやと思うんや。」 BADを辞める。最後まで如樹さんは言えなかった。のかもしれない。 BLUESが悪事を働いていることを如樹さんは、知っていた。 一人でBLUESに乗り込んだ。とも聞いた。そのとき、青紫を一度は助けたらしい。 そんな青紫を結果、死なせてしまった。BADの皆を止められなかった。 俺なんかよりものすごい後悔をしているのかもしれない。 その幼馴染に対しても、このままBADにいたら後悔するかもしれない。と、考えたのか。 だから、海昊さんとケンカ別れを選んだ。 自分が悪者になって身を引くことにしたんだ。 ―――てめぇらに心配なんてしてもらいたかねぇ。俺は俺のやり方でやる。うだうだゆってんな!! ―――それは、仲間やないゆうことなんか。……信用してへん、ゆうことなんか。 ―――そう思ってくれてもいい。 海昊さんが拳を握っていた。如樹さんを殴った右手。自責の念が伝わった。 如樹さんは本当に尊敬できる人だ。 皆―――BADに危害が及ばないように一人で立ち向かったんだ。 虞刺の前で跪いた。メンツをばっか考えてたあの当時の俺には絶対出来ない。 いまだって、おそらく。プライドが許さないだろう。 でも、誰よりもいち早く青紫を助けに向かい、ケーサツが来るのも承知で救急車を呼んだ。 そして、責任を全て取る。と、言った如樹さん。 保身なんて微塵もないのだ。 無口でクールで、時には冷淡にさえ思える。 でも、本当は誰よりも優しくて、他人のために自身を犠牲にさえする。 そして、そんな誤解されやすい如樹さんを海昊さんは一番理解している。 二人とも、本当に尊敬する。 俺は、如樹さんと海昊さんに出会えたことを誇りに思った。 「ごめんね……。」 それから1週間ほど経った。 あさざさんが、疲れた顔で滄さん家にやってきた。 丁度、俺と轍生も海昊さんに会いに、来ていた。 「どうだ、薪の様子。」 滄さんは、温かいコーヒーをあさざさんに振舞って、居間にあさざさんを促した。 薪―――流蓍 薪。は、あさざさんの5つ下の弟だ。 そして、青紫の親友。ときいた。あの当日にも居たのだ。 あさざさんは、首を横に振った。 「何も、食べてくれなくて……口も……」 そうか。と、滄さんは言って、荷が重すぎるよな。と、呟いた。 中1で、しかも目の前で親友が死んだ。 俺だったら……? 俺は、轍生と顔を見合わせた。轍生の太い眉が下がっている。 やはり、考えられない。きっと、耐えられないだろう。 「ずっと布団かぶって……薪……」 あさざさんはたまらず手で顔を覆った。 「薪は、生まれてすぐに両親亡くして、それから自分のことをよく思っていない、父方の祖父母と暮らしてたの。薪も悪さしてたけど、それ以上に祖父母から体罰を受けた。それでも薪は泣いたことがなくて……」 あさざさんは涙声だった。滄さんが優しく背中をさする。 「いっぱい。いっぱい、身体に痣とかあって、でも薪は泣かなかった。泣いたことなんて、ないのよ。……でも、あの日、13日の朝。声も出さずに小さい体を震わせて、薪は、涙を流したの。」 ……。 泣きわめくでもなく、心が悲鳴を上げた末の涙。 想像しただけで胸が痛い。本当に辛いのだ。そして、心が折れてしまったのだろう。 事実を受け入れられない気持ち。わかる気がした。 「しっかりしろ。お前が滅入ってどうする。」 滄さんはあさざさんを鼓舞した。 「うん……白紫もね、誰のせいでもないからって。自分だって辛いのに、笑顔でいうの。一番辛いのは、薪くんだから。って。私、中学の頃からずっと白紫に助けられてた。私姉弟、助けられてばかりなの。」 こんな弱々しいあさざさんを見るのは初めてだった。 いつも、さばさばしていて、かっこよくて。長身でスタイルもよい。 BADの姉さん的存在。 あさざさんは、人目をはばからず、声を出して、泣いた―――……。 <<前へ >>次へ <物語のTOPへ> |